構造概要

敏感テクニコ

Author:敏感テクニコ
びんかんてくにこ。

ルールと正しさの意味わからないまま従えない、大切なあの子の目をこれ以上くもらせない3ピースロックバンド。

メンバァー
■王子(川崎市)
 =Drums+Chorus
■びんかん(川崎市)
 =Bass+Chorus
■てくにこ(小金井市)
 =Guitar+Vocal

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今日、通勤中にふと思った。

車の名前って、なんで全部横文字なんだ?

国産車なのに、海外に目を向けてか、英語にしてしまっている。
クラウンとか、センチュリーとか。
あんまり車に詳しくないから、すぐに浮かばないけど、
言いたいことはこうだ。

どうして海外に日本車といういわばブランドを送り込み、すでに上位を牛耳りながら、
日本の名前がいっこもないんだ!?

例えば、「勇気」とか、「元気」とか、
そのままに相応しく「力」とか、
コンパクト車には「身軽」とか、
キャンピングカーには「充実」とか、
さらには日本らしく「禅」とか。

もうこうなったら「早い」とか「四輪」とか。
さらには「幼気(いたいけ)」とかいう名目で、初心者も乗りやすい軽自動車を作ったり。
「剛毛」ってのがあったら、こわいな。
「矛盾」とか、これもなんだか訳あり。3ナンバーなのに1000cc未満とか。
でっかくて速い車には「グエムル」とか、あ、これは韓国語だ。
白くて角張っててフェンダーミラー、もちろんギア車のみでギアシフトは水中花の車には「模範」とか。
「憂鬱」ってのがあったら、こわい。
事故件数ナンバー1になりそうだが、事故現場検証のときのおまわりさんは、車種を書くのが面倒だろう。

なんか思いっきり日本語、つまり漢字がボンネットに「ボコッ」とついていてもかっこいいと思うんだ。

しかしながら、私の愛車はそろそろ10万kmに近づこうとしているLEGACYですが、なにか?
直訳で「遺産」ですが、なにか?

もちろん、それには意味があり、レガシィ開発時の富士重工は経営的に窮地に追い込まれており、この車が売れなければ終わりだ、という想いを込めて作られた、という逸話もある。

だったら、ボンネットに「遺産」とか「終わりだぁ?」とか、エンブレムを張ってくれればいいのに。



そう簡単に日本人としての誇りを捨てないでくれ。

(てくにこ)

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去る9/22(金)に開催しました敏感テクニコライブに多くの方がお越し下さりありがとうございました。
また、会場での総括が十分になされていたことにも重ねて御礼申し上げます。
皆様の心に鋭く刺さるような音楽をお届けする所存でございますので、
びんかん、およびてくにこのこれからの成長を見届けてくだされば幸いです。
東急東横線の元住吉駅をよく利用する。

先日、実家へ帰省するために元住吉駅を利用した。
そのときはまだ今までの、ホームが商店街と住宅街に埋没した感じの、切符売り場が地下にある薄暗い元住吉駅のままだった。
実家で2泊ほどしてこちらに戻ってきたら、元住吉駅が改築されて奇麗になっていた。

てゆうか、実家にいた2泊の時間的ギャップのせいで、あやうく元住吉駅を乗り過ごすところだった。

今度の新しい元住吉駅は、いかにも東急沿線って感じの明るいおしゃれな駅舎だが、車内から眺める駅の雰囲気が多摩川?新丸子?武蔵小杉?元住吉とずーっと同じ感じに見える。

今までは車内でついウトウトしてても、多摩川?武蔵小杉のぴかぴかきれいな感じからいきなり小汚い元住吉駅に変わるので、「あ、ここは俺の降りる駅だ」と認識できていたのだけど、こんどから田園調布駅あたりから緊張して元住吉駅が来るのを切符握りしめながら待機していなければならんぞ。

元住吉の商店街も自由が丘とか二子玉川のような、そういう東急沿線的オシャレでこざっぱりしたセレブ系の町並みに変わるのだろうか。

でもぼくは別に元住吉にほとんど思い入れがないので、今までのような舗装タイルがはがれているような小汚い商店街のままでも、新しい駅に合わせたセレブ志向の町並みに変わったとしても、もうどちらでもいいや。

(びんかん)

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9/22(金)に開催しました敏感テクニコの軽井沢ライブ、
お越し下さいました世界中の要人要職の皆様。
大変お忙しい中ご出席くださりありがとうございました。
びんかん、およびてくにこのこれからの成長を見届けてくだされば幸いです。
近所の公園の木にびっしりくっついていたたくさんの毛虫、
それと、ベランダの網戸にくっついていた2匹のバッタ、
これらをケータイのカメラで接写し、知り合いの子供たちに見せた。

「やだー気持ち悪い?」
と、いかにもありがちな反応を示し、もうそれ以上見ようとはしない、小学3年生のお姉ちゃん。
「虫は気持ち悪い」という概念を、親や先生などの「大人」によってしっかり植え付けられてしまったのだね。

1年生の妹にも同じ写真を見せた。

「うわーキモー」
この子はそう言ったものの、なぜかずっと毛虫とバッタの写真から目をそらさない。
てゆうか、まじ「ガッツ見」だ。

口をぽかーんと開け、「うわー、うわー」と小さく言っているのが聞こえる。

この子は、感動しているのだ。
この毛だらけの糸くずみたいな生き物、そして装甲車みたいな、ロボみたいなバッタが、不思議でしょうがないのだ。
なんだかわけのわからないものを見てしまい、混乱しているのだ。

いちおう女の子っぽくお姉ちゃんの真似をして「気持ち悪い」とか言ってみたけど、本当は感動して心の奥が「ぐおーん」って轟いているのだ。

感動している瞬間の子供の表情は独特だ。
目がうるんでいて、口もとはアホのようにポカーンと開けてしまう。
その小さな頭の中では「なんだこれー、なんだこれー」という声を発しているに違いない。

ぼくはもういつのまにか30歳のおっさんになってしまい、もう、こういう感動体験がほとんど薄れかけてしまったのだけど、いつまでも大事にしたい、忘れたくない感覚だ。

(びんかん)

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敏感テクニコ ライブ情報:
2006.09.22(金)
軽井沢ソニー大賀ホール

長野新幹線軽井沢駅から徒歩約8分。

開場17:30
開演18:00

「大人の階段上る、君はまだシンデレラさ」。
これは病気ですか?



ん、そうじゃないとおもうけど、よくちっちゃくて、短い、しかも現実に即した夢を見ます。
特に、会議中の詰まらん話を聞くとき。
眠気と戦いながらの信号待ち。
講演を聞くときの一瞬。
基本的にいつも眠いとき。
これはちょうど朝、寝ぼけて目覚ましを止めた後に、起きて一日の支度をすることをベッドの中で想っているだけの時と、同じ作業状態かもしれません。

今日は、話を聞きながら聞いている内容の延長が、勝手に夢の中で作られてしまいました。ふしぎなのは、その内容があり得る、ということ。だから、それを人にも話せちゃう時もあります。



ちっちゃい夢。

現実逃避と理想主義。

この極みは、人生に影響を与えるのだろうか?



(てくにこ)



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敏感テクニコ ライブ情報:

2006.09.22(金)

軽井沢ソニー大賀ホール


長野新幹線軽井沢駅から徒歩約8分。



開場17:30

開演18:00



大人に憧れる”中学生日記”を音で綴ります。
9/16、新宿オペラシティでブラッド・メルドー トリオ(Brad Mehldau Trio)のコンサートを聞きに行く。

ブラッド・メルドーは最近ぼくがいちおしのジャズピアニストで、影響モロ受けだ。
彼から出てくる音、それはナイフのように鋭く尖っており、押さえるコード、そのコードの組み立て方、そのコードに乗っかるメロディ、そのどれもが独特の響きがあり、一見するとそれはジャズに聞こえないかもしれない。

彼の曲は、聴覚的にはまるでバッハのような、あるいは視覚的には多足虫の裏側を見ているような、そういう「だだだだ」「がががが」というイメージがある。

村上龍「コインロッカーベイビーズ」の一番最後、ハシが口にゴムの球を詰め込まれてガガガガガガと泣きながら精神病院に収容されるシーンのあたりからラストまでのサウンドトラック。
悲しみとグロテスクさが同居するような、そんな響き。

ブラッド・メルドーはほとんどジャズのスタンダードをやらない。
いかにも酒場やバーに似合う「ど・ジャズ」というものはまったくやらないのだ。

てゆうか、バーでメルドーの曲がかかるようなことがあれば、今まで口説き口説かれ、甘い恋の駆け引きに戯れていた男女たちは、一斉に恋から醒めて別れてしまうだろう。そして、世界にはたくさんの苦悩が満ちている現実を知るのだ。

メルドーのルーツはロックだ、とどこかの批評家が言っていた。
彼は英国のロックバンド「レディオヘッド」の大ファンで、彼は「レディヘ」の楽曲をよく取り上げる。
とくに彼の演奏するレディヘ「Exit Music」は、もうメルドーのスタンダードというくらい彼の曲になっている。

新宿オペラシティでブラッド・メルドーと共有した空間、最高だった。
最高に、憂鬱な気分。
最高に、厚い雲に覆われた曇り空の気分。
最高に、孤独でどうしようもない気分。

人間の気分のデフォルトは「憂鬱」なのだ、と改めて認識した夜だった。
「憂鬱」こそ現実。
「憂鬱」こそ世界。

(びんかん)

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敏感テクニコ ライブ情報:
2006.09.22(金)
軽井沢ソニー大賀ホール
長野新幹線軽井沢駅から徒歩約8分。

開場17:30
開演18:00

敏感テクニコによる、反抗期の中学生のようなナイーブすぎる演奏をお楽しみいただけます。
みんな来てくれよな!
昔の友は、今も友。俺もお前も、大五郎。

皆様を敏感テクニコライブにご招待します。

2006.09.22(金)
軽井沢ソニー大賀ホール
長野新幹線軽井沢駅から徒歩8分。

17:30開場
18:00開演

敏感テクニコ結成以来二度目となるライブ。
敏感なまでにグルーブを追求する永遠の中学生。
大人になりきれない(なりたくない)僕らのピーターパンサウンズが向かう先。

僕らの行き着き先を決めるのは、貴方です。

(びんかん)
(てくにこ)
世の中に様々なコメンテーターがおりますが、8割はウザイ、と感じます。
それは専門外のことにまで、モノを語ろうとするからです。

あんた、専門は新興宗教だろ?なんで詐欺までも語ろうとするんだ?ん?
だから、オチは「こう言うのは○○教でも見られる傾向ですね」なんだな?

いやいや、そんなのまだ甘いすよ。
我が社が誇るコメンテーター、ザ☆オバチャン。

お昼ご飯はみんなで食べるんだが、いつもNHKニュースを見ています。
そこで新鮮なニュースを見ながら食べるのですが、基本的に前日の夜から、あるいは2,3日騒がれている
ものですね。

すると、これまたすごいんです、そのぶつける意見が。
「まったく警察はなにやってんのよ」とか
「こうやってね、行政がやらないことなんて、氷山の一角でね・・」とか
「本当はオトコのコを生ませるために酸性のものをとらせていたらしいですよ」とか、
とにかく、朝のAMラヂヲで聴いてきた情報満載でひけらかすんです、カッコつけようとして。
まぁ、いいたい気持ちも分からなくないです。

最近起きた下松の高専同級生殺人事件。
容疑者匿名のまま捜査されましたね。
それにもずばずばいいます。
「名前ふせてちゃぁ、探すもんも探せないわよねぇ。」
と、やれ少年法だ、やれ警察のやり方が悪いだ、いろんなことを言っては自らの発言の正当化を
人民に求めるのです。

民主主義国家なので、思想や意見を伝えるのはいいです。

でも、口の中にモノをホウバリながらしゃべるのだけはやめてください。
何を言ってるか聞こえないし、なによりも、キモい。

(てくにこ)
少年世間が皇室のご出産とかで騒いだり浮かれたりしている中、俺は絶望について考える。

山口県で起きた、19歳の女子高専生が殺された事件。
そして彼女を絞殺した同級生の少年は、殺しに手を染めたそのすぐあと隣町までバイクで走り、山に入りそこで首つり自殺という最期を遂げた。

自分も10年前は高専生であったという親近感、そしてこの事件が何度も出張で訪れたことがある「徳山」そして「下松(くだまつ)」という地域で起きたという点で、とても関心があった。

また、ぼくの好きな作家、重松清が小説で舞台にする地域もこの瀬戸内のあたりが多く、彼の作品の多くが「十代特有の機微」や「少年犯罪」をテーマにしているという点も、この事件への関心をよりいっそう高いものにした。

この殺人事件の詳細は、なにもわからない。
単なる恋愛関係のもつれなのか、あるいはもっと違う理由があったのか、それは当事者の二人が死んでしまっているので誰も分からない。

十代の少年と少女を追いつめたものは、ただ単なるこじれた恋愛だったのか。それとも少年の妄想の産物だったのか。
なにも分からない。ぼくはただ想像するしかない。想像することが許されているのであれば。

重松清の代表作「疾走(上・下)」では、やむを得ず瀬戸内の田舎から東京へ上京することになった15歳の少年シュウジが犯してしまう殺人と、彼をそこまで追いやった絶望、怒り、憎しみ、孤独が怒濤の疾走感で描かれている。
中学生のシュウジを追いつめたものが大人たちの汚らしい欲望や、世間体という幻想、そんなナイフのようなシュウジの心を支配した感覚は「絶望」だった。

絶望とは、希望の反対だ。

この重松清「疾走」は、99年に起きた「池袋通り魔殺人事件」をモチーフとしている。この通り魔殺人の犯人、造田博はぼくと同い年、現在30歳。死刑囚だ。
99年、ぼくは22歳だった。

彼の事件については、またこんど書きたい。
すまぬ、こんな暗いテーマになってしまった。でも書かずにおれぬ。

(びんかん)
ボーダフォンがソフトバンクになって、ブランドロゴも新しくなった。
でも、このロゴって、ドコモのケータイから送られてきた表示できてない絵文字「=」みたいだ。
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ところで、最近気になるネーミングセンス、
首都大学東京、そして
新銀行東京

どちらも、今までにないリズム感のネーミングだ。

この二つのネーミングに「今までにない」あるいは「違和感」を感じる要因は、「東京」という単語が本来なら前に来るべきもの(「東京大学」とか「東京銀行」)なのに後ろに来ている点、

そして「首都大学東京」というネーミングから来る「変な」感覚は、「首都」と「東京」という同じ意味の言葉が入っているからだ。

今後、多くの分野でこういったネーミングが流行るかもしれない。
「首相内閣安倍」とかね。

(びんかん)

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