アメリカに行けばどうなるものか危ぶむなかれ。
危ぶめばアメリカはなし
踏み出せばその一足がアメリカとなり
その一足がアメリカとなる
迷わずアメリカへ行けば分かるさ
中学生のころ、アメリカに行けばなんでもできると思っていました。アメリカはすっげー、アメリカはかっけー、アメリカは先端っ!高校の時、本気でアメリカ移住を目指していろいろ勉強しました。アメリカのものなら、なんでも取り入れようと思っていました。
アメリカではなく、カナダに家族旅行に行った時、「ここで買うすべてのものが、俺しか持ってない」という妙な気持ちから、茶系のTシャツを買いました。買うときは、いろんな妄想をするもんです。背が高く、顔立ちのスマートな、「ミー」を想像していましたね。もちろん、着たことなんて数回。それだけ自分には似合わないし、質感もそこで買ったものよりも、上町の柳屋で購入したものしかフィットしませんでした。
*柳屋:横須賀中央駅より平坂を衣笠方面に登って一つ目の交差点の南側にあるファンシーショップ。
横須賀中の公立学校の制服を取り揃えているほか、下着や部屋着、寝間着には定評がある。
さらにボクは率先して日本の音楽を避け、アメリカの音楽を聴きました。「ボクはエイゴの音楽を聞いている」という優越感が不思議と湧いてきます。あれはいったいなんだったんだろう。いま、研究中です。聴く音楽は少ない情報の中からたどり着いた、「あめりかんろっく」の王道、とされていて、「今流行の○○・・・」「最先端のオメリカンロック!」といううたい文句で巷では有名でありながらも、誰もが聞いている、ということにも気づかずに優越感に浸っていました。
車の窓ガラスにエイゴで書かれている文字にいつも反応していました。
「これね、○○って書いてある」と、翻訳して隣にいた女子を感心させた小学生時代がアホに思えます。
もちろん、洋画しかみませんでした。他人にはもちろん「字幕無しでだいたいはわかりますよ」なんて言ってました。「わかる」ということを伝えたいんじゃなくて、相手に「すっごぉーーーい」って言わせたかったんですー。(もちろん未だにわかりません。)しかし今となっては「相変わらずバカ健在で安心した」という言葉が最高の褒め言葉になりました。
なかなかバカであることで安心させる、という行為はできません。どんな行為が、こいつはバカだ、と思われる行為なのでしょう。いろんな行為があると思うけど、先ほどからボクがこの「行為」と言う言葉に「ピン」ときて、使いまくっているという行為に気づいたのなら、そこで「あー、こいつはバカなんだ」と思うべきなんです。バカなんだ、と思う行為をするべきなんです。
さて、話はあめりかに戻しましょう。
アメリカ製のものはなんでも信用していた時期がありました。どんなに悪い情報が入っても、それでも信じ続けています。やっぱりアメリカって最高なんだな、と。軍関係の情報、諜報活動、政治理念、すべてがアメリカで回っている、と確信していました。
さて、なぜここまで憧れていたのだろうか。
結論から言えば、単ならバカであったわけですが、もっと抉ると、見えないもの知ってる、という優越感からくる充実ですね。しかも知ってる情報なんて微々たるものなのに、自分が特別、と思えば思うほど痛い人格を全面に出し、その痛さすら感じない様な生活を送るようになるわけです。それはまさに思春期の発情した男子そのものであります。
最近、これが病気であることがわかりました。
長い闘病生活を送って来た訳ですが、これから社会復帰をできるように励まなければなりません。保険の適用に関しては、まだ舛添大臣の許可がないので、すべて自腹で支払いを続けています。これはいわば投資です。実際にアメリカ行ったり他の国に行ったりしましたが、いまのところ得られた収穫は、ボクはまだ未成年だ、ということです。いえいえ、確かにサンノゼではビールを買うのにIDカードを要求されました。28のときです。そういうことじゃなくって、
ボクの病名は「中二病」でした。
君たちの大好きなwikipediaで検索してくださいね。
しーゆーあげいんっ!
(てくにこ)
たどり着きましたので、コメントだけ残しておきます。