何度も、何度も、何度でも。
二人を冷やす冷気を嫌い、彼女は何度も「閉」ボタンを通電させる。
開けば閉じ、また開いては閉じる。
拝島駅に停車中の八高線の乗り降りは、自らボタンを押し
その意思のまま暗い冷気に身を投げ込んだり、冷えた体を温めたりする。
彼女はドア付近で彼氏と最後の別れを制限時間いっぱい使うつもりだ。
彼氏はここで降りるようだが、お互い別れがつらい。
手を取り頬を寄せては気持ちを確かめあう。
その瞬間にホームから人が入るから、彼女は嫌な顔しながらまたボタンに手を伸ばす。人生の絶頂にいる者に、そのリズムの障害は嫌悪さえ感じる。
それを何度も繰り返す。
人が入る、嫌な顔をする、ボタンを押す、扉がしまる。
人が入る、ため息をつく、ボタンを押す、扉がしまる。
また人が入る、そいつを睨む、ボタンを押す、扉がしまる。
また人が・・・。
何度も、何度も、何度でも。
何度も繰り返す作業なら、合理的な手段を選べばいい。
何度も、何度も、何度でも。
何度も同じものを買う男がいる。
自称:中二
こいつは、またギターを買った。
バンドの方向性が決まったのは、つい最近の話だ。
それまでボクはJAZZを演っていた。Joe Pass,Wes Montgomery,Barney Kesselを敬愛し、 日本が世界に誇るギタリストの下で修行を重ねた。しかし今まで多くあった時間も、中二のまま年齢だけを重ね自由が利かなくなり、また成長しないボクにフラストレーションが溜まり、勉強を辞めた。一時休止である。
バンドの方向性が変わるのはわかっていた。びんかんは(暴力的なドS)Rock野郎だ。バンドの方向性と音楽性の話になれば、才能のあるものが引っ張って行くのは合理的だ。ボクはついにRockに手を出した。
今後は歌いながらトリッキーなリフをギターで操るフロントマンという立場になる。この舞台映えする大きな顔面に産んで育ててくれたことに感謝するときが来たようだ。それで兼ねてから興味のあった、Fender Telecasterを手にした。TL-50、1950年のテレキャスター復刻版だ。2ヶ月ぐらい探していたが、安価で手に馴染むいいものを見つけた。シンプルな作りだが、荒っぽさが残るメキシコ製だ。中国製でないなら、今のボクはすべてを受け入れる用意がある。太いネックに薄いボディーは、スポットライトを浴びるボクを容易に連想させるはずだ。
これで、ギターが4本になった。せっかくだから見せよう。
(内、一本は預かりものだ)
アコースティックギターが見えるかい?一番左だ。
その昔、Eric Claptonに憧れて買ったマーティンというギターだ。これは、失恋番長として歩んでいる軌跡の初期段階のアイテムだ。そう、結婚資金として貯めた金をこいつにつぎ込んだのだ。しかも当時左腕にヒビが入り、(スノボーでジャンプに失敗@キューピットバレイ)ギブスをしているときに試奏し選んだ。腕なんてどうでもいい、この、枯れ果て掻きむしった心に刺激を与えるためなら、こんなもん安いっ!と泣きながら店員さんに金を渡した。ボクの右手から離れた札束は、形と湿度を変えていた。
フルアコ、といわれる茶色のギターが見えるかい?右から2番目だ。こいつは、こっちを参照してください。まだ文章がアオイ頃の作品です。
http://vodytaka.blogspot.com/2005/07/vody-bought-guild.html
何度も何度もギターを買うんだ。
何度も扉を閉めるように、何度も恋をするように、何度も社会に反抗するように、
納得するまで続けるんだ。これが「中二道」の極みである。
Rockをバンドで描くなら何度もギターを買うのではなく、合理的な手段を選ばねばならない。バンドで言う合理性とはなんだ。才能に準ずることであり、それはいずれ周知するであろう。
寒さを嫌い、何度もドアを閉め続けた女子高生と同級生の彼にも、ついにその日の別れの時間(とき)がきた。もうそろそろ車掌は発車ベルを鳴らすだろう。彼は電車から降り、彼女と最後の会話を続ける。想像できるだろうか、あれほど人の出入りと冷気をいやがっていた少女は青年のためならと、ドア全開で話し込んでいるんだ。ホームに立つ青年は凍える寒さを愛しい顔で癒そうとしている。そのドアからは誰も乗り込まない。乗客の視線がその少女に向く。接吻する勇気はない。乗客は寒さに耐えたままだ。社会に揉まれたサラリーマンが自分勝手な少女を一斉に睨む。車掌は人差し指を前方に向けた。彼は掌を少女に見せた。駅員は赤い布を高く上げ合図を送った。彼女は顔から暗号を発した。
ボクは心でこう呟いた。
「わかれちまえ、ふられちまえ」
(てくにこ)
2007.12.18 | Comments(6) | 未分類







